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第286話 

「怖がらなくていい」修は彼女の手を握りしめた。「俺が悪い奴を追い払ってやる」

松本若子は急に笑みを浮かべた。「もし、その悪い奴があなただったらどうする?」

修の表情が一瞬固まった。「つまり、お前の悪夢の中で、追ってきた悪い奴が俺だってことか?」

若子は彼をからかうつもりで、うなずいた。「そうよ。あなたが包丁を持って追いかけてきて、私を殺そうとしてたの。すごく怖かったわ」

修は冷たい顔で立ち上がり、

「どうやら俺の追い込みが足りなかったみたいだな。次は本当にお前を斬り殺してやろうか」と言った。

彼女が悪夢を見るのは仕方ないとしても、まさかその夢の中で自分が悪役になり、彼女を殺そうとするなんて……

彼女の心の中で、自分は一体どれほど酷い存在なのだろうか?

まるで、前回彼女が自分に階段から突き落とされると思い込んでいた時のようだ。

本当にあり得ない誤解だ!

彼女の心の中での自分のイメージがどれほど下がっているのか、考えるのも恐ろしい。

おそらく谷底どころか、さらに深い穴を掘り続けて地球の中心に達するまで、どんどん落ちているに違いない。

松本若子は目をこすりながら、「なに、怒ってるの?ただの夢だし、そんなに小さなことでムキにならないでよ」と言った。

「俺は……」修は思わず言葉に詰まった。

「夢なんて支離滅裂なものだから、いろんなことが出てくるわよ」

若子は気に留めない様子だった。

「昼間の考えが夜に夢に出るんだ。お前は俺が殺そうとしてるって思ってるから、そういう夢を見たんだろう。前回も俺が階段から突き落とそうとしてるって勘違いしてたし、今回の夢も不思議じゃない」修は不満げに言った。

若子は口元を引きつらせ、「そうね」と答えた。

前回のことを思い出すと少し恥ずかしかったが、あの時は本当にそう思ってしまった。あの時の修の表情は怖くて、彼女は本気で怯えたのだ。

どうやら修もその時の彼女の勘違いに苛立っていたらしい。

若子が「そうね」と言ったのを聞いて、修が何か言いかけたが、若子が先に言葉を遮った。「お腹が空いたわ。顔を真っ赤にして怒ってる暇があったら、朝ごはんを食べに行きましょう」

「お前が俺をこんなに怒らせておいて、腹なんか減らないだろうが」と修は不満げに顔をそむけた。まるで拗ねた子供のように、誰かに宥めてもらいたがっている様子だった。
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